Momologueへようこそ。
このブログは、18Tという病を持って生まれてき次女のために作ったものでした。18Tというのは、先天的染色体異常の一つで、人間に普通23組46本ある染色体のうち、18番の染色体が一本余分にある病気です。これは21番の染色体異常(ダウン症)に次いで多い染色体異常で、極めて致死率が高く、ほとんどのケースがこの世の光を見ることなく流産という形で命を失うのですが、ごく稀に何とかお母さんの胎内から命をもって生れ落ちてきます。しかし、その場合も仮死状態で生まれてくることがほとんどで、生まれてから2週間生きる確率は大変に低いそうです。仮にその2週間を無事に生き延びたとしても1歳の誕生日を迎えることができる子は10人に1人もいないといわれています。
この病気の子供は、心臓に重篤な奇形を持つことが多いのだそうです。そして外形的にも、たとえばあごが小さいなどの特徴があるため、医師たちは顔を見ればすぐにわかるといわれています。
そのため、欧米の多くの国々では、仮死状態で生まれてきた子供が18Tと診断されると、人工呼吸器などの器具を用いての延命措置はとらないのが普通だそうです。日本でも同様の傾向があるようです。
私たちの萌々(もも)も仮死状態で生まれてきました。そして普通だったら「残念ですが。。。」とそのままお母さんの枕辺に青ざめた小さな命をそっと寝かせ、そのまま天に召されるのをまつところだったのだそうです。
しかし、萌々は幸運でした。たまたまのことでしたが、萌々の生まれたその日の当直の医師がお父さんの教え子の一人、お父さんは気づきませんでしたが、その先生はお父さんの顔を見てすぐにわかったそうで、黒鷲の子供を死なせたら、自分が殺される、とばかりに、小さな命を救わんと、心臓マッサージをしたり、人工呼吸器をつけてくれたり、ありとあらゆることをしてくれました。
おかげで、萌々は生まれて最初の関門を何とか潜り抜け、ドクターカーに乗って設備の整った京大病院のNICUに運び込まれたのでした。それからの様子は、http://esuk.net/peach に載せていますが、peachは生後5ヶ月間を過ごした京大病院を7月4日に無事退院、あり得ないこととあきらめていた自宅で親子3人水入らずの生活を送ることまでできるようになりました。
そしてそれから4ヶ月後には、なんと、萌々は回転寿司デビューを迎えました。初めての人ごみに、お父さんもお母さんもはらはらしましたが、何事もなく、無事帰宅。生まれてから9ヶ月目にしてようやく、普通の生活ができる喜びを味わうことができました。そしてお父さんは、自信を持ちました。これなら、しばらくは生きてくれるだろうと。
そして当時のモモローグに書きました。
2004年11月11日はリハビリに行ってきました。
先生 「萌々ちゃん、今日は寝返りの練習をしようか。一回できたらなんか食べよね」
萌々 「ホヮン ホワ^^ン
」
ゴロゴロゴロ
先生 「よくできたね。じゃ、今度は逆行ってみよか」
萌々 「ホワン
」
ゴロゴツゴロ
先生 「よっし、もう一度逆いこな」
萌々 「・・・・
」
ゴロゴツゴツ
萌々 「エーン、エーン」
先生 「よしよし、じゃ甘いものを食べよう」
萌々 甘いもののたっぷりとついた綿ボーを加えてはなさない
先生 「オーッ、食べることには興味があるなぁ。。。これなら哺乳瓶からも飲めるかもしれないな。。。。この次は哺乳瓶でやってみよか」

お祈り感謝します
マラナタ