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	<title>momologue</title>
	<link>http://esuk.net/momologue</link>
	<description>Search the Ocean for Islands Search the Islands for Peace</description>
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		<title></title>
		<description><![CDATA[2004年4月1日
お父さんは、28日から昨日まで出張で萌々には会えませんでした。でも、毎日お母さんから萌々が着実に元気になっている様子を聞いて、とても幸せな気持ちで、感謝の祈りをささげることができました。
こうして萌々と向かい合っているお母さんを見ていると、神の御使いガブリエルに、「おめでとう、あんたは神の子を宿した」と告げられたマリアの気持ちもこんなんやったんやろかと考えることがあります。
私処女なのにそんなことあり得へん！
でも神さんが、あんたを祝福しはったんやから。
赤ん坊は健常なものという思い込みを、最初の子供で打ち砕かれたお母さんを襲ったショックはどれほどのものであったことでしょう。でもお母さんは、最初から「知っていた」ようにも思われます。萌々こそが神の子であることを。
萌々が生まれるや、一人の賢者ならぬ医師が現れ、この病院ではあぶない、京大病院に移れといいました。
次に現れる御使いのメッセージは、、、
萌々の体重は少しずつですが、着実に増え続けています。
お母さんが萌々の必要とする母乳を十分に与え続けることができますように。
お祈り感謝いたします。
主の愛と平和の中で
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		<title>２００５年６月２８日</title>
		<description><![CDATA[仮に天の御国が、この宇宙のどこかにあるとするならば、太陽の横暴に振り回されている昼間にそれを見つけることはできない。
　しかし夜陰の中に分け入ったばかりのころは、足元の暗さに目を奪われて満天の星の輝きの意味に気づくことはできない。
　闇こそが真実の光を輝きださせるキャンバスと気づけば、しかし、怖れも消え、自由に空を駈け回ることができる。
　そして気づく。闇は平面ではなく無限の奥行きを持つ空間なのだ。萌々のささやきがそのかなたから聞こえてくる
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		<link>http://esuk.net/momologue/?p=5</link>
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		<title>Welcome to Momologue</title>
		<description><![CDATA[Momologueへようこそ。
このブログは、１８Tという病を持って生まれてき次女のために作ったものでした。１８Tというのは、先天的染色体異常の一つで、人間に普通２３組４６本ある染色体のうち、１８番の染色体が一本余分にある病気です。これは２１番の染色体異常（ダウン症）に次いで多い染色体異常で、極めて致死率が高く、ほとんどのケースがこの世の光を見ることなく流産という形で命を失うのですが、ごく稀に何とかお母さんの胎内から命をもって生れ落ちてきます。しかし、その場合も仮死状態で生まれてくることがほとんどで、生まれてから２週間生きる確率は大変に低いそうです。仮にその２週間を無事に生き延びたとしても１歳の誕生日を迎えることができる子は１０人に１人もいないといわれています。
この病気の子供は、心臓に重篤な奇形を持つことが多いのだそうです。そして外形的にも、たとえばあごが小さいなどの特徴があるため、医師たちは顔を見ればすぐにわかるといわれています。
そのため、欧米の多くの国々では、仮死状態で生まれてきた子供が１８Tと診断されると、人工呼吸器などの器具を用いての延命措置はとらないのが普通だそうです。日本でも同様の傾向があるようです。
私たちの萌々（もも）も仮死状態で生まれてきました。そして普通だったら「残念ですが。。。」とそのままお母さんの枕辺に青ざめた小さな命をそっと寝かせ、そのまま天に召されるのをまつところだったのだそうです。
しかし、萌々は幸運でした。たまたまのことでしたが、萌々の生まれたその日の当直の医師がお父さんの教え子の一人、お父さんは気づきませんでしたが、その先生はお父さんの顔を見てすぐにわかったそうで、黒鷲の子供を死なせたら、自分が殺される、とばかりに、小さな命を救わんと、心臓マッサージをしたり、人工呼吸器をつけてくれたり、ありとあらゆることをしてくれました。
おかげで、萌々は生まれて最初の関門を何とか潜り抜け、ドクターカーに乗って設備の整った京大病院のNICUに運び込まれたのでした。それからの様子は、http://esuk.net/peach に載せていますが、peachは生後５ヶ月間を過ごした京大病院を７月４日に無事退院、あり得ないこととあきらめていた自宅で親子３人水入らずの生活を送ることまでできるようになりました。
そしてそれから４ヶ月後には、なんと、萌々は回転寿司デビューを迎えました。初めての人ごみに、お父さんもお母さんもはらはらしましたが、何事もなく、無事帰宅。生まれてから９ヶ月目にしてようやく、普通の生活ができる喜びを味わうことができました。そしてお父さんは、自信を持ちました。これなら、しばらくは生きてくれるだろうと。 
そして当時のモモローグに書きました。 
2004年11月11日はリハビリに行ってきました。
先生　「萌々ちゃん、今日は寝返りの練習をしようか。一回できたらなんか食べよね」
萌々　「ホヮン　ホワ＾＾ン  」
ゴロゴロゴロ
先生　「よくできたね。じゃ、今度は逆行ってみよか」
萌々　「ホワン  」
ゴロゴツゴロ
先生　「よっし、もう一度逆いこな」
萌々　「・・・・  」
ゴロゴツゴツ
萌々　「エーン、エーン」
先生　「よしよし、じゃ甘いものを食べよう」
萌々　甘いもののたっぷりとついた綿ボーを加えてはなさない
先生　「オーッ、食べることには興味があるなぁ。。。これなら哺乳瓶からも飲めるかもしれないな。。。。この次は哺乳瓶でやってみよか」

お祈り感謝します
マラナタ
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		<link>http://esuk.net/momologue/?p=1</link>
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